天宮さくらの気随記

ふと誓ったり想ったり笑ったりな天宮さくらのキロク

第1記 人生は夢だらけ

 椎名林檎さんの「人生は夢だらけ」が好きだ。CMで使われていたから、ちょっと聴いたら、あああの曲ね、となる人は多いはず。この曲を聴いていると、私の人生なんだから私の夢を叶えてやるぞーっ文句は言わせん! と元気が出る。

 じゃあ、私の夢はなに? と自分の心に問いかけると、いろいろありすぎて自分って欲張りだなぁと少し呆れてしまう。自分好みの家を建てたい、畑が欲しい、投資でがっぽり稼ぎたい、大金持ちになりたい、起業したい、日本全国の美味しいものを食べ歩きたい、世界中の美術館に行きたいetc。

 でもそれらの夢の中で一番叶えたい夢は、物書きになりたいという夢だ。

 

 どうして物書きになりたいのかというと、これがもう呪いのような思い込みによるもの。

「将来の進路を紙に書いて提出するように」という宿題が、中学生のときに出た。進路指導の一環だった。提出は土日あけての月曜日だったように思う。

「将来何になりたいかって言われてもなー」というのが、あのときの私の心。まだ社会に出ていなくて、でも小学生のときよりはちょっと大人になっていて、現実は夢を描いているようにはいかないことを知りつつあったあの頃。どういう夢を思い描いたら、私らしく毎日充実して生きていけるのだろう?

 当時の私はいまよりも人と接することが苦手だった。人と会話をするのは下手で、いつも上手にいかないと悩んでいたし、ケンカとか悪口とかイジメとか関わりたくなかった。誰かと無理につるんで遊ぶよりは、一人で漫画読んだり絵を描いたり本を読んだり歌を歌うほうが好きだった。

 こんな私の気持ちにしっくりくる夢は世の中にあるのだろうか、とぼんやり将来を不安に思っていた。こんな私にできる仕事なんて、世の中には存在しないんじゃないか? と無力感を抱いていた。

 たった一人で生きていける世の中だったらよかったのに、と願った。でも願いながら、将来結婚したいなとか家庭を持ちたいなだなんて、思い描いていた。

 

 そのときスタジオジブリ作品の『耳をすませば』がテレビでやっていた。何度も見たことのある作品で、あのときまではたいして面白い作品だとは思っていなかった。『耳をすませば』よりは『魔女の宅急便』のほうが好きだったし、他のアニメ作品のほうが私の好みだった。

 タイミングというのは、とても大切だ。それまでたいして何も思っていなかった作品に、自分の人生を決めさせてしまったのだから。

「小説家になりたい」という夢を強く抱いて、一所懸命に小説を書く主人公の姿に強く憧れた。寝る間を惜しんで、成績が下がっても授業がおろそかになっても、小説を書く。そして書き上げた物語を「これが私の書いた小説です」と、恐れず他人に見せる勇気に、震えた。私だったら、否定されるかもしれない、けなされるかもしれない、と思うと怖くて、他人に見せたくないと誰の目にも触れないように隠してしまうにちがいない。そんな怖さを抱きつつも、それでも書き上げ表現した主人公に、私もああなりたいと強く願ってしまったのだ。

 あの日からずっと私の夢は、物書きになることだ。

 

 それだというのに私ときたら、書く体力や考える努力の大変さに、ついなまけてしまった。書く時間があるというのに、よし書こう! とはならずに、ついつい漫画を読んだりゲームをしたりして時間を潰してしまう。そして時間が過ぎ去ったあとに、「ああ今日も書けなかった」とため息していたのだ。心の中で思い描いているだけでは小説は感性しないというのに、思い続けることに価値があると信じていたのだ。

 このままだと私は、夢を叶えず死ぬ間際に「ああ物書きになりたかった」とつぶやいて死ぬダサい人間になるぞ!

 30歳の誕生日を迎えて、ようやくその現実に気づいた。遅い、遅過ぎる。けれど、ここで何もしなかったら本当にそういう現実を迎えてしまう。

 このまま人生、終わらせちゃうの?

 いや、いいや、それは困る! だって人生は夢だらけ。夢を抱いて叶えてなんぼなはず。

 慌てて、夢を叶えるために今の自分にできることはなんだろうかと日々の生活を見直して、ブログを書き始めることにした。そのブログは毎週書き続ける習慣ができたので、じゃあ次はどうしようかと考えて、もう一個ブログを立ち上げようと閃いた。

 

 物書きになりたいという夢を抱いてから、今までのなんという無駄な時間。それを思うと「なまけものにもほどがある! このあほんだら!」と自分を叱責するばかり。自業自得とはいえ、どうにかいままでの無駄な時間をなんとか意味ある時間に変えてやりたい。

 そういう気持ちがメラメラと燃え上がった。

 私が過ごしてきた無駄な時間たちが、ほんの少しでも私のものを書くという行為にたいして意味あることに変えられたのなら、ほんの少し自分を許せる。

 じゃあ、どうやって価値を出すんだ? と考えた時、「そうだ、エッセイを書こう!」となった。書く内容は、私の思い向くまま生きてきた軌跡そのものを、綴ってやろう。

 そう、人生は夢だらけ。私は私の夢を叶えるために生きてきて、これからも生きていくのだ。