天宮さくらの気随記

ふと誓ったり想ったり笑ったりな天宮さくらのキロク

第2記 ナマケモノな前髪

 前髪が伸びたら自分で切る。少しでもお金は本とCDに回したいので、前髪カットのためだけに美容院には行かないのだ。そこまで自分の容姿にこだわってもいないし、慣れればものの数分でできるようになった。前髪が伸びたら毎回、切れ味の落ちた工作バサミでじょきじょきと適当に切る。

 最近また伸びたので、ぼちぼち切り時。でも、この前髪を切る作業をついついギリギリまでサボってしまう。ほんのちょっとの時間で済むのだ。ちょっとハサミと鏡とティッシュでも用意したら、それでオッケーなのだ。それなのに、面倒くさい。

 面倒くさいとほったらかしていると、どんどん陰気な私になっていく。人生どんよりな引きこもりチックなおばさんに早変わり。毎朝鏡を見ながら化粧をするとき、「うわっ、暗いなぁ私」だなんて他人事のように思うのだ。

 で、いよいよ「もうこれ以上は、仕事に支障をきたすレベル!」となったら、じょきじょきと切っちゃう。ものの数分で、今度は明るい顔の私に出会える。視界がぱあっと明るくなって、「前髪邪魔!」と憤ることもない。なんであんなにも前髪を切る作業を面倒くさがったのか意味わかんない。

「よし、今度はもう少し早い段階で前髪を切ろう」と心に誓っても、また切る段階になると面倒くさがってずるずる伸ばしてしまう。

 

 思い出せば、面倒くさいことや嫌なことはずるずると後回しにしてしまう性分だった。夏休みや冬休みの宿題を、休みの前半で終わらせるだなんてミラクルできた試しがない。犬の散歩当番だったら、時間ギリギリまで渋って誰かが代わりに行ってくれないだろうかと祈ってた。図書館で借りた読みづらい本は、貸出期間中ギリギリまで借りてるくせに、これっぽっちも読まない。

 これまでの私の人生の中で、ギリギリまでほったらかしにしていたのは、たぶん大学受験の結果発表だと思う。

 高校生のとき、学校の中での成績が低かった私。推薦入試でも受けていれば苦労することなかっただろうに、「推薦入試は賢い人しかできない特権なのだ!」と思い込んでいて、放置。締め切りが過ぎてから担当の先生に「なんで推薦入試、希望しなかったんだ!」と呆れられた。

 仕方ないよね、ということで黙々とセンター試験に臨むものの、やっぱり第一志望には到底足りず、地方の大学へ試験を受けに行った。一次試験は見事不合格で、「あーあ、推薦入試申し込んでおけばなぁ」だなんて言ったところで後の祭り。周りはどんどん合格していくなか、暗ぁ〜い気持ちで二次試験へ。

 二次試験は面接メインで、手応えをどこで計ればいいのかさっぱりわからず、合格発表を見たくなかった。どうせ落ちている、と、きっと合格してるはず、の気持ちの揺れ動きにぐったり疲れてしまったのだ。

 合格発表は、学校のホームページで午前中に発表だった。「ああ、見たくない」モードに入っていた私は、昼過ぎまでグッスリと布団で寝、お昼になってモソモソと起き始め、ぼんやりしていた。「早く終わんないかなぁ」だなんて思っていた。

 いま思えば「さっさと合格・不合格を確認すりゃ、終わるよ!」とツッコんでしまうが、当時の私は逃げられるのならどこまでも逃げていたかった。

 けれどいつまでも逃げ続けられるわけもなく、ついに仕事に出ていた親から「合格してたか?」という恐怖の電話がかかってきた・

「えー…………まだ見てない」

「この馬鹿もんがあああああああ!」

 と怒鳴られ、急いで見てみると「合格してんじゃん!」となり、無事ぎりぎり大学への入学が決まったのだ。学校へその報告に行くと、「あまりにも報告がないから、落ちたのかと思った」と言われた。ですよねー。

 

 物書きになりたいと思いながら文章を書こうとせず、ついつい小説や漫画を読んだり、音楽を聴くことに夢中になったり、ゲームしたりしちゃうのも、きっとこのナマケモノで逃げたがりな私の性格が悪いのだ。今回もこの文章を書くまで、随分ずるずるとサボっていた。

 物書きにならない、と決めたのならサボったってなんの問題もない。人生を謳歌せよ、と好きなだけ小説や漫画を読んで、音楽を聴いて、ゲームをしたらいい。でも、やっぱり物書きになりたい、と私の心の中心がうずくのだ。

 まずはできることから。三十歳を過ぎてから、ようやくそんな心境に至った。なんて遅い成長。まあ仕方ない。こんな性格なんだもの。

 なので、まずは前髪を切るところから始めたいと思う今日この頃なのだ。